About Me 私

こんにちは、小梅です。長くなりますが自己紹介をさせてください。

私はアメリカ人の主人ともうじき15歳になる娘がいます。娘が18歳になるまで、今のところ本職は「お母さん」です。

お仕事としては「ペーパークラフトの講師」と「日本語教師」をしています。日本に帰ってきて、今は「日本語教師」のほうに少々傾いていますが、双方のバランスを保てるよう調整しています。

私は今年、50歳になりました。ココロの準備はできていたはずでしたが、実際になってみると、内心、葛藤。まるで「人生の砂時計」がひっくり返されたようで、人生のタイムリミットが近づいてきているようなプレッシャー、人生に対しての疑問。「これか!」と実感しました。

私は昔から絵を描くこと、本を読むこと、手作業をすることが大好きでした。高校を卒業すると、美術の学校に行って絵本とイラストの勉強をしました。その後、製本の会社で絵本の下書きや、広告デザインの会社でデザイナーとして働きましたが、「好きなこと=仕事」ではない違和感や、自分の才能も疑い始め、絵の仕事を諦めました。

それでも手作業は大好きで、テレビを見ていても手を動かしていないと気がすまない性分なので、色々なホビー(趣味)に挑戦しました。「何か」出会いを探していた空白の時間です。

「きっかけ」が訪れたのは、ホテルのデザイナーとしてクリスマスの飾り付けを任された時です。アメリカからプロのインテリアデザイナーを呼ぶので、その補佐をするという大役でした。「英語で?」

25年前はインターネットも携帯もない時代。海外旅行の体験もない私には、思い描くクリスマスは映画の中だけの世界でした。実際のクリスマスは小さな偽物のクリスマスツリーを飾って、イブにケンタッキーのチキンとクリスマスケーキを食べて、映画でも見る、だけ。でも、本場アメリカのクリスマスは1日のイベントではなく、12月から1月まで、1ヶ月間を通して「ホリデーシーズン」、慣習を楽しむというものでした。日本の新年、お正月を向かえる儀式と同じです。お正月は12月の暮れから、1月が明けて三が日まで続きますよね?

そんな本場の飾り付けも、当時では珍しい「本物のもみの木」をアメリカから輸送して、11月から始まりました。天井から床まで、そしてホテルの外装まで、ありとあらゆる場所にクリスマスの飾り付けをし、もみの木に付けるコットンの綿は、まるで本物の雪のよう。ホテルも、レストランも、まるで映画の中から飛び出してきたような、何もかもが本場アメリカの本物のクリスマス!に飾り付けられたのです。アメリカのデザイナーから見ることができた、モノ作りの精神、妥協を許さずに向き合う姿勢は、「あぁ、私はやっぱりモノ作りが好きなんだ」と改めて実感させられた瞬間でした。

そして、その時の「ときめき」と「感動」は

今の私に繋がっています。

「英語」に興味を持った私はベースで働き始め、今まで存在に気がついてもいなかったアメリカ人との交流が始まり、そして「いつかアメリカでデザインを学びたい!」と夢を描くようになりました。

それは、私が世界に飛び出した瞬間で、

日本を卒業した時です。

アメリカ人と結婚した私は、アメリカに渡りスクラップブックに出会います。アメリカのクラフトストアはとても大きくて、ありとあらゆるクラフトの全てが手に入ります。日本とアメリカでは本当に規模が違う。そして資源が違う。物は豊富にいくらでもあります。

アメリカ人と日本人の違いはたくさんありますが、ペーパーナプキンの例をご紹介します。これには今でも驚きますが、日本人だと1枚のナプキンを使って口を拭きますよね? きっと最後まで丁寧に1枚を使い切る。でもアメリカ人は違います。1回1回、ゴゾッとナプキンを手に取って口を拭きます。食後にはテーブルの上にはナプキンの山ができるほど。レストランでアルバイトをされた方は実感されていることでしょう。そもそも1枚を使うという概念がありません。

話を再び戻します。

20年ほど前。当時アメリカに住んでいる時には「デジタル・スクラップブック」を作って楽しんでいました。クラフトストアのペーパークラフトのセクションの、とっても可愛い「ステッカーたち」や「ペーパーたち」は通路の向こうまでずらっと続く商品棚全てに並べられているコーナーは気になってしかたがありませんでしたが、当時はあまりお金がなかったので、新しい趣味を始めることができませんでした。趣味にはお金がかかります。特に最初の投資には「あれも欲しい」…「これも欲しい」… 欲求にはきりがないので。

それが解禁されたのは、日本に転勤になり「子供が生まれてから」。公式にスクラップブックを作る理由ができたので、デジタルではない、実際のページ作りを始めました。アメリカにいる時に少しづつ買いためていたものと、主にはアメリカの主人のお母さんから送ってもらう大量のペーパークラフトの材料を使って。作り方は一度、体験クラスに参加して、あとは手探りでスクラップブックを作り始めました。あまりの楽しさに、周りのママ友を巻き込んで自分のクラスを開催してしまうほど。当時、スクラップブックは日本では新しかったので、結構人気のクラスになりました。

その後、アメリカでスクラップブックのインストラクターのライセンスを受け、本格的な講師になって15年余り。主人の転勤に伴い、各地を3年ごとに転々と回りながら、ペーパークラフトのクラスを開催しながら、お友達作りをしています。横浜から始まったクラスは、アメリカNC、グアム、日本では岩国(山口県)、そして今の横須賀(神奈川県)へと続いています。各地では、昔の教え子たちがスクラップブックのクラスを継承してくれているらしく、そんな知らせを聞くと、自分が歩んだ道に花が咲いたようでとても誇らしい気持ちになります。

本当はまだまだ語り足りないのですが… 

これが「私の物語の1ページ」、

「私が私の生き方を見つけた物語」です。

でも、人生には色々な役割がありますよね?  「お母さんとしての物語」や、「家族の物語」「学生時代の物語」、他にもいろんな物語があって人間は成長しているのだと思います。

 

誰にでも「物語」があって、

その人生を「楽しむ」ことができる!

 

全ての人に作ってもらいたい。

かけがえのない「家族の歩み」、

「自分の歩いた道」

そこから感じる、感動こそが「母親のプライド」だったり、

それが「自分のプライド」になったりします。

 

私の本職は「母親業」です。

だって、自分の命をかけて作り出した「アート作品」が子供だから、この子を手をかけて時間をかけて完成させないといけない。この考え方は芸術家としてのサガです。それでも毎日の生活の中で時々とても大切なことを忘れてしまう。

時間は止めることも、巻き戻すこともできません。

だからこそ、ページ作りを通して「母親業」を再確認します。

「今しかできない、家族の時間を大切にしたい!」

もう、絶対に後悔したくはないから!

きっと10年後に、この時期を振り返って作る【家族のページ】は、今見ている景色とは全然違うと思います。

同じ写真を使っても自分の成長度合いによって、作るページはきっと違う。

私は絵の道を断念したけれど、家族の「芸術家」として、家族の人生をカタチ作っていきたい。

今それが実現しようとしています。

そんな200%の楽しみを秘めたモノつくりに出会えたから、もう新しい趣味はいりません。

・子供の成長を写真を使って記録する作業は、とても愛おしい

・出来上がったページを主人に見せて、褒めてもらうのも嬉しい

・そして10年前に作ったアルバムを、家族で見返しながら語り合う時間も楽しい

人としての幸せって、こんな瞬間に感じるものなのかもしれないと常々実感しています。

だから、あなたにも教えたい!

女性が、女性として希望をもって生きられる。

女性が、母親として笑顔になれる。

そんな、当たり前の幸せを味わえる瞬間を。

【小梅  Koume】